帝塚山大学 心理学部 心理学科
准教授 森泉慎吾氏
交通心理学という分野の研究においては、一定の条件下で複数名による実験を実施し、統計学ともいえる手法で答えを導きだします。
森泉先生のゼミでは、研究に必要な交通シーンを「交通事故見取り図メーカー」で作成してご活用とのこと。詳しくお話を伺ってきました。
- 先生の研究内容について教えてください。
森泉氏 :
私は産業・組織心理学の中の作業安全が専門で、これまで作業者の規則違反といった不安全な行動がなぜ起こるか、またそれを防止するための効果的な安全教育について、心理学の観点から研究してきました。交通心理学とは
運転者、自動車乗員、および歩行者を含めた道路利用者の特性を心理学的に研究し、事故低減に寄与しようとする学問
(引用:「交通心理学入門」 日本交通心理学会 企画/石田 敏郎・松浦 常夫 編著/企業開発センター交通問題研究室 2017年)
森泉氏 :
一昨年(2021年度)、昨年(2022年度)に、私が指導するゼミの学生の研究で交通事故見取図メーカーを使用させて頂きました。- どのような研究にご利用いただいたのでしょうか?
森泉氏 :
一つは、運転免許の有無で路面標示の認識の仕方、またそこでの交通行動がどのように変わるかという研究(下記研究課題①参照)、もう一つは、先行車に高齢者マーク(正式名称は高齢運転者標識)があるかどうかで後続車のドライバーの心理・行動がどのように変化するかという研究です。(下記研究課題②参照)【研究内容解説】 (※いずれも卒研抄録より要約)
研究課題①ドライバーか歩行者かの違いが交差点でのリスク認知に及ぼす影響
キッズゾーンは、保育所などで行われる園外活動(例.散歩)の安全を確保するために、ドライバーへの注意喚起を目的として設定された道路区域であり、「キッズゾーン」の路面標示が設置されている。
警視庁のHPによれば、キッズゾーンを自動車で通行するドライバーには、歩行者との間に安全な間隔をあけることや、急な飛び出しに注意することが求められているが、歩行者目線ではどのような心理変化があるのかについて調査した。
交通事故見取図メーカーを用いて作成した交差点の3D動画では、キッズゾーン標示付近を歩行する際に周囲の車両(動画ではトラックを配置)に対する危険の感じ方などについて、運転免許の有無による違いを比較した。
その結果、キッズゾーン標示がない場合、運転免許を所有していない歩行者は、そうでない場合と比較して、トラックからより離れて歩こうとする傾向があることがわかったが、キッズゾーン標示がある場合には両者の差は見られなかった。
▲研究課題①では、キッズゾーン標示のある交差点とない交差点の3D動画を交通事故見取図メーカーで作成し、運転免許の有無による歩行者心理の違いを検討した
研究課題②前方車両の価格と高齢者マークがドライバーの怒り感情に与える影響
高齢者マークは、周囲のドライバーに安全運転への配慮を求める効果があるが、同様の効果が期待される初心者マークでは、マークを付した車両の価格(ドライバーの社会的地位)によって、周囲のドライバーが攻撃的に振舞うようになる可能性が指摘されている。
この研究では「交差点にて信号が青に切り替わっても先頭車両がすぐに発進しない」という状況動画を交通事故見取図メーカーにて作成し、その車両の社会的地位(車両の価格)や高齢者マークの有無を操作することで、後続車のドライバーの怒り感情に及ぼす影響について検討した。
その結果、高齢者マークがあり、かつ車両の価格が高い場合に、怒り感情がより低下することがわかった。
▲研究課題②では、交差点にて青信号で発進しない先頭車両がいるという動画を交通事故見取図メーカーで作成し、車種や高齢者マークの有無による後続車のドライバーの心理の違いを検討した。
(高齢者マークは動画の表示サイズ等の都合上、調査参加者に気づきやすいように実際よりも大きく表示した)
森泉氏 :
研究課題①では、実際に「キッズゾーン」の路面標示がある生活道路を交通事故見取図メーカーで再現し、この路面標示を設置したパターンと設置していないパターンで、歩行者目線で現地を歩行する動画を作成しました。研究参加者には、その動画を閲覧した後、道路周辺に配置した車両に対する認知などについて評価をしてもらいました。▼実際に使用した動画。「キッズゾーン」の道路標示の有無を交通事故見取図メーカーで再現。
こちらは「キッズゾーンあり」の動画
また、課題研究②では、ゼミの学生が自分の出身地の道路を再現しました。
今回の研究と同じことを従来の研究手法にて実施する際には、例えば実際の道路に出向いて、自らが高齢者マークを付けて実際に信号待ちをし、その後ろから別の車でその様子をビデオ撮影する、ということが考えられます。交通事故はもちろん、他の交通参加者に迷惑にならないように撮影のタイミングを見計らう必要があり、動画の作成にはかなりの手間と時間が掛かります。
ゼミ生と研究の構想を練っていた当初は、上記の手法で動画を撮影することを考えていたのですが、安全上の問題はもちろんのこと、機材を準備するのも容易ではないため、現実的に撮影が困難でした。そんな時に交通事故見取図メーカーの存在を知り、使い方を応用すれば目的の動画が撮影できるのではないかと思いつきました。
交通事故見取図メーカーを使うことで、高齢者マークの有無も、先行車の車種の違いも、疑似的にですが容易に再現できました。
▼実際に使用した動画。信号が赤から青になっても前方車両が発進しない状況を4パターン(車種2種類×高齢運転者標識のあり/なし)作成して実験を実施した。
こちらは、前方車両が低価格で高齢者マークが付いている場合の動画
- 現実の交通場面で条件に合わせた状況を作り出すのは難しいから、交通事故見取図メーカーで、ということですね。
森泉氏 :
はい、もちろんそれがCGを活用するメリットの1つですね。また、心理学の研究では質問紙法という、いわゆるアンケート調査が頻繁に行われますが、ある特定の場面についての心理を評価する場合「こんな場面を想像してください」という場面想定法を用いることが多いです。この場合、状況が出来る限り伝わるように文章や資料で用意します。
例えば、無信号横断歩道での一時停止について質問したい場合、「あなたは今、時速40キロで走っています。前方に人が立っています。後ろには車はいません」のような具体的な状況を文章や口頭で伝えるのですが、どうしても参加者の想像に頼らざるを得ず、そもそも内容をこちらの意図する通りに正しく理解して頂けるかは分かりません。
ですが、交通事故見取図メーカーのように3Dの動画でその状況を提示すれば、教示は容易に理解してもらえるでしょうし、参加者全員が同じ状況を想像した上で実験ができますね。これもメリットの1つではないかと思います。
ちなみに研究課題①では、キッズゾーン標示付近に配置したトラックはソフトの仕様上停車していましたが、本当はトラックを動かしたいと考えていました。
上位版の「交通事故再現4D ムービー&レポート」では周囲の車両や歩行者などを動かすことができるとのことなので、そちらの導入も検討したいと思っています。
- 交通事故を削減するための研究においてのご評価ありがとうございます。
貴重なお話もありがとうございました。